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Posted by naturum at

2006年08月15日

ある春の日

目が覚めたら、何の憂いもなく澄み渡った青空と、絵に描いたような白い雲が見えた。そこに世界を包み込むように甘く、上等なコンソメスープのように透き通った陽光が降り注ぐ。遠くの景色に、うっすらともやが掛かったように見える、うらうらとした昼下がり。世界は順調に春だった。

僕は少し汗ばんでいた。上体だけ起き上がって学ランを脱ぎ、ついでにその内ポケットに入っていたウォークマンのスイッチを入れ、ヘッドフォンを耳にねじ込む。ケミカルでキッチュなギターのカッティングとタイトな8ビート。The Cureのアルバム「Kiss Me,Kiss Me,Kiss Me」のカセットテープが入っていた。もう何度も繰り返して聴いていたが、飽きない。僕は伸びをしてまた屋上に寝転がった。

今何時ごろだろう。僕は昼飯を食べた後、眠くて眠くて仕方が無く、午後の授業に出るのがどうにも億劫で、僕たちがよく言っていた「睡眠学習しかも自習」へと校舎の屋上へ逃げ込んでいた。こんなぽかぽか暖かい春の日に、代数の授業なんて受けてらんない。寝る子は育つ。さぼって寝ているほうがよっぽど気が利いてるってもんだ。

             ◇

高校1年生にしてすでに落ちこぼれていた僕が少しぐらい授業をサボっても、文句を言う教師はいなかった。何かの間違いで入った、中高一貫の進学校。たまに一緒に授業をサボる友人も何人かいたが、そのほとんどはそうした行為を火遊びのようにしていきがっているだけで、陰ではちゃんと真面目に勉強して、それなりの成績と内申を確保していた。

あいにく、僕は真面目に落ちこぼれていて、サボるときは本気で逃げ出していた。成績どうこう以前に勉強のことを考えると頭が痛かったし、ほとんどの教師には挨拶すら無視されていた。受けたくない授業のときはそっと教室を脱け出してこうして屋上で寝ていたり、街をあてもなくうろついた。さりとて本当にグレてしまうほどの度胸も無い。典型的な落第生だったというだけのことだ。

友人はみな僕に比べるとずっとお利巧さんで、うまいことやっているように思えた。僕は落第しないのが不思議なくらい要領も頭も悪く、それでいて何もせず、何もかにもが中途半端だった。友人たちのほとんどは卒業すればいい大学に入り、いい会社に就職して、幸せな人生を送るだろう。そのための努力もしているのだろう。

僕は将来どうなるのか、自分でも見当がつかなかった。こんな成績では進学も覚束ないし、かといってやりたいこと、就きたい職業もない。釣りをして音楽を聴いて生きていければそれでよかったが、そのためには何をすべきなのか、何ができるのかすら分からない。たかが16歳で挫折しかけている。自分には未来が無いように思えた。

将来のことを考えると気を失いそうに恐ろしかったので、僕は毎日、努めてそこから目をそらし続けていた。釣りや音楽や女の子とのうまくいかないデートに逃避し、努めて何も考えないようにしていた。僕はそんな生活をとても息苦しく感じていたし、学校に来るのが苦痛で、友達とも上滑りの関係しか結べなかった。

             ◇

この日も僕はそんな漠然とした不安から逃げるように屋上に来て、そして遠くの風景を眺めながらズボンのポケットを探り、しなびたホープを取り出して火を点けた。授業サボりの上に喫煙。教師に見つかったら最低でも停学だが、不思議と見つかったことは無く、それが一層、僕の阻害感を募らせた。罰してすら、関わってすらもらえないのだと。喫煙が発覚しなかったのは明らかに幸運な偶然だけど、僕の心はすっかりひねくれて、それすらもふて腐れる理由にしていた。

耳の中ではロバート・スミスがくねった声で“Why can't I be you?/どうして僕じゃいけないんだ?”と歌っていた。僕はため息をついてうなだれ、世界の全てを短く呪ってから、また遠くの景色に目をやった。とりあえず世界はうららかだ。いくら僕が劣等生の落ちこぼれでも、こんな日に呪いの言葉は似合わない。短くなったホープを人差し指と親指でつまんで、吐き出した煙に顔をしかめる。「釣りに行きてえなあ」と独り言が口を衝いて出た。

僕がこんなに立派な落第生になっても、釣りは僕のすさんだ心を癒すパートナーであり続けていた。高校生になると格好をつけたがり、友人と連れ立って釣りに行くことはなくなっていたけど、僕はたまに一人でこっそりと自転車を漕いでは、いつもの池や海で黙々とロッドを握っていた。釣りをしている間は少なくとも、仕掛けやルアーや魚のことを考えるのに忙しく、嫌なことを考えないでいられた。

逃避のための釣りなんて格好悪いけど、あの時僕に釣りという趣味が無ければ、もっともっと僕はささくれ立って手もつけられなくなっていただろう。「こんな日はあのポンプ小屋前でマーベリック(ゴールデンアイのライブリー)投げてえなあ。釣れるんだよなーあのルアー」。僕は小さな声で呟いていた。

             ◇

「そんなに釣れるんだったら今から行こうぜ」

突然、にゅっと目の前のはしごから鼻の高い顔が出てきてそう言ったので、僕は驚いて煙草の煙で咳き込んだ。親友のTがよっこらしょとその背の高い体を折り曲げるようにして登ってきたのだ。よくここに僕がいるのは知っていて、彼もこうしてたまにここに来ては、お互い無駄話をだらだら喋っていた。

「驚かすなよ、先生かと思ったよ」
「煙草吸ってるしな。そのシケモクやめろよ貧乏臭い。何聴いてるの?」
「キュアー」
「辛気臭ぇなあ。ドッケンとかヴァン・ヘイレン持ってないの」
「メイデンとキッスならあるよ?」
「年寄り臭ぇなあ」

彼は全面的に僕を臭いと決め付けて、すぐそこに腰を下ろした。成績優秀、人望も厚いクラスの委員長。でもなぜか僕とはウマが合い、クラスで時々人と接する努力を忘れてぼーっとしている僕を見つけては、くだらない会話を提供してくれる。彼がいなければ、僕はとっくに学校なんて辞めてしまっていたかもしれない。

なんで僕になんか関わってくれるのかよく分からなかったが、とにかく僕は内心、彼にいつも感謝していた一方で、僕みたいなのとつるんでたら人気も内申も下がるだろうとはらはらしていた。彼は釣りをしなかったから、放課後、一緒にレコード屋やけち臭いゲームセンターやおっさんしかいないジャズ喫茶などをうろうろして、くだらない話をするのが僕の楽しみだった。

「授業サボっていいのかよ」僕は聞く。
「お前に言われたくなーい。選択(授業)だったから自習にしといた」
「教わることはもう無いのか。さすが偏差値75超えは違う」
「A(教師)とこないだ喧嘩してなあ。顔見てるとムカつくから」

僕はちょっと驚いてTを見た。彼は確かに一本気なところもあったが、基本的には優等生だ。教師に逆らうような性格じゃない。何があったか聞きたかったが、彼の表情は硬く、問い掛けるのがためらわれた。僕は中途半端なチキンだ。余計なことを聞いて友人を怒らせたくはない。

僕は努めて驚いていない風を装い、あえてからかうように言ってみた。

「まったく君は血の気が多いな。釣りをしたまえよ。study to be quiet(静かなることを学べ)とアイザック・ウォルトンも言っておる」

冗談というオブラートで包んでしか、僕は友人とすら話せない。彼の気をそらそうとした努力だったが、僕はこんな実のない会話にすぐ逃げる傾向があった。そんなくだらない言葉に、しかし彼はちょっと反応した。

「・・・それいい言葉だな。ウォルトンって誰?まあいいや。俺も釣りしてみたいよ。穏やかになれるなら」

僕は自分のことでいつも頭が一杯だったから、ほとんど気付かなかったけれど、彼にももちろん憂いや悩みや焦燥があるのだろう。僕たちはまったくそれが仕事のように、必要もない悩みや懊悩の種をその辺からせっせと拾い集めては、頼みもしないのにうんうんうなってそれに取り組むような年頃だったのだ。

僕は立ち上がり、ズボンの尻の汚れをぱんぱんと手ではたきながら、言った。

「じゃあ、今から静かなることを学びに行こうか」

僕がいつも世話になっている友人にしてやれることなんて、一緒に釣りに行くぐらいしかないだろう。二人で学校を脱け出した。

             ◇

彼と一緒に僕の家にいったん帰り、タックルを持ち出した。この時間、両親は家にいない。自転車を漕いで30分、僕らはいつもの池に着いた。水辺でタックルを用意する。もちろん彼は糸の結び方も分からないので、僕がすべての準備を行った。

その間、僕らはほとんどしゃべらなかった。お互いに腹に溜まった思いがある。相手に干渉するのも憚られたし、自分の思いをぶちまけるのはもっとためらわれた。だからいつもと違って会話もなく、お互いに別なことを考えながら、僕らは岸辺に立った。

初心者の彼には、投げやすい道具をと僕の最新鋭タックルを貸し与えた。ABU/ウルトラマグⅠとMr.DON/スタンプヒッターSH56。年末年始に魚河岸で朝4時から、クソ重い冷凍の魚を運ぶという過酷なバイトの末に購入したロッドとリールだ。ハイカーボンのSHはすごく投げやすかったし、ウルトラマグのマグブレーキはトラブルをかなり軽減してくれた。実は、まだ一匹しか魚を釣っていない。

「気をつけろよ、それ、高かったんだからな」と僕は言いかけて、ひどくそれが野暮に思えてぐっと言葉を飲み込んだ。僕は彼を信頼すべきだ。もし壊されても、責めるのはお門違いだ。いつも彼が僕にしてくれていることを考えれば、道具なんてどうでもいいことだ。

僕は使い古したダイワのファントムJとアンバサダー3500Cの組み合わせ。彼のラインの先にマーベリックを結び、僕はボーマー/ロングAをセットして、彼にポイントを指し示した。

「この足元に土管があるだろう。ここから水が流れ出してて、底が掘れてる。沖に杭があるよな。あの辺に投げて、土管に向かってゆっくり引いて来る」

フィーディングに回遊しているバスを、動きの大きなミノー系で誘って呼び止めて食わせる。投げて巻いてくるだけの釣りだし、水面直下で根掛かりも少ないから彼にはぴったりだと思った。僕は見本をと先にキャストした。杭ぎりぎりに決まり、彼が驚きの声を上げた。

「おい、お前いつもそんなことやってんのか」

僕は苦笑しながら、自分の腕は大したことはないこと、杭を狙うゲームではないことを説明した。やがて彼も数度のバックラッシュを経て、ぎこちないながらも何とか15mほどのキャストが決まるようになってきた。

             ◇

二人で土管の上に座って、ただ投げて巻く。昼下がりの空は相変わらずうららかで、眠くなるほどだった。淡々とキャストとリトリーブを繰り返す彼は、面白いのかどうか定かではないが、僕は自分からは言葉を掛けなかった。やがて、彼がぽつぽつと喋りだした。僕はほとんど相槌しか打たずに、ずっと彼の話を聞いていた。

親が弁護士か検事になれとうるさいこと。そのためには今から勉強を頑張れとプレッシャーを掛けること。自分は建築士になりたいこと。世の中の何もかもがくだらなく思えること。クラスの委員長なんて苦労ばっかりだということ。それが原因で担任のA教師と口喧嘩したこと。

聞けば聞くほど陳腐で、ありきたりの16歳の悩みとも言えない悩みだった。しかし、僕は素直に心を動かされた。優等生で欠点のなさそうな(ベイトキャスティングリールの投げ方だってもうマスターしてしまった)彼にだって、凡人の僕と(それに付随する頭脳レベルは違うけど)同じように悩みを抱えているのだ。彼の悩みに比べれば、僕のはずっと漠然としていて、いい加減だった。悩んでいる自分が恥ずかしく、馬鹿馬鹿しくなってきた。

彼も話して楽になっていたようだし、僕は聞いていて心が軽くなっていくのを感じた。やがて僕も口を挟むようになり、だんだんと会話はこの前出たグループの新譜や、野球やサッカーや、いつもの調子になっていった。

魚はまったく手応えがないまま夕暮れを迎えたが、僕たちは喋り疲れて、それでも満足していた。少なくともこの時だけは、胸のつかえが下りたようだった。僕は成績がいい友人に萎縮する必要はなかった。彼は僕を友人と認めて、悩みを相談してくれた。それだけで充分だった。

             ◇

辺りの景色が黄味がかった朱色にうっすら染まってきて、僕たちは最後の一投をすることに決めた。彼が先に投げ、僕がそれに続いた。杭の手前のゴロタの辺りを彼のルアーが通ったとき、水面直下でぎらりと何かが光るのが見えた。

それと同時に、彼のロッドがぐいんと曲がった。最後の最後に、しかも、かなりの良型のようだった。

「うわわわどうすりゃいいんだこれ」
「竿を立てすぎないで!リール巻け!どんどん巻け!」
「うおおおお、そう言ったってお前、これ巻けないぞ」
「巻いてるじゃねえか。無理するな、糸が切れる」
「どっちなんだよ、くそ、どうなってんだこれ、うわっ!ジャンプしやがった!」
「そういう魚なんだよ、もう足元まできてるよ」
「もう巻けないよ、ここからどうすればいい」
「俺が取り込むから!ロッド立てて、いや、立てすぎないで」
「どっちなんだよ」

二人で大騒ぎしながら魚を寄せてきた。僕が岸に腹ばいになり、ラインを手繰って魚をつかもうとしたそのとき、45cm近かったバスはもう一度、大きく水面で首を振り、フックを強引に外した。盛大な水しぶきを僕たちに浴びせて、水中にあっという間に姿を消した。

「・・・」
「・・・」

僕たちは顔を見合わせて、「デカかったなあ」とどちらからともなく口にした。

「しかし釣り上げられなかった」
「今日初めて釣りをして、あんなデカいの釣られたら俺の立場が無い。諦めろ」
「お前、だから取り込まなかったんじゃないか?」
「人聞きの悪いことを言うなー」

二人して笑いあった。

「すっかりサボっちまった。お前、明日学校で文句言われないか?俺と違って」
「いや、勉強してたんだよ、釣りを」
「そうだな、静かなることを学んだな」
「どこがだよ」

彼は噴き出しそうになりながら言った。

「ずっと喋りっぱなしで俺は口が疲れたし、最後だって大騒ぎじゃねえか」

確かにそうだ。二人して笑いながら、それでも僕は今日、いろんなことを学んだと思った。まあ、いろいろあるけど、僕はまだ将来が不安だけど、こういう世界も悪くはないか。夕暮れの色が濃くなり、暖かな宵闇が忍び寄ってきていた。世界は春で、耳の中のロバート・スミスは「Just Like Heaven」を歌い始めたところだった。  


Posted by ポンプ小屋マスター at 23:43Comments(6)

2006年07月21日

3500C

マイ・ファースト・アンバサダーは1983年の3500C。このマイナーなモデルにはちょっとした思い出がある。

黒の5000Cと銀の5500Cはどちらが格好いいか。ボロンとウイスカーはどちらが高感度で強いのか。

そのころ、僕らの話題と言えばそんなことばかりだった。肝心のバスを釣る方法については、トーナメントワームをちぎって使ったり、シャロークランクをゆっくり巻く、ぐらいの曖昧なメソッドしか語れなかったくせに。

カタログや店頭のガラスのショーケースに飾ってあるところしか見られなかったアンバサダーは、小学生の僕たちにはまさに高嶺の花で、だからこそ僕たちの憧れだった。お年玉を何年分もまとめないと買えない値段はもちろん、ABUが築き上げたブランドバリューと存在感は、子どもたちにとって「10年早い」と思わせるに充分だった。

その頃、釣具店は子どもが行く場所ではまだなかったのだ。おいそれと店の人に「見せてくれ」と頼むこともかなわず、手に取ったことすらない品がほとんどだった。

ちょうどそのころ、合併によりアブ/ガルシアと名前を変えたABUは、次々とニューモデルを発表していた。ウルトラマグ、FL/CBシリーズ、アウトスプールのカーディナル・・・。だが、やはり人気の中心はABUを象徴する5000番台を中心とした復刻品だった。

もっとも、新しもの好きだったので復刻版にそこまでの興味がなかった僕は、その中では無骨な5000Cに目を奪われた。低いギヤ比は実釣向けには厳しかったけれど、装飾を廃したシンプルな外装に性能美を、クラシカルな波形プレートに歴史を感じた。

これに比べると銀の5500Cは華美でお高くとまっているとさえ感じたものだ。まあ、実は少しでも安価なものの方が親近感を持てたということでもあり、実際に本当に欲しかったのは僕でも買えそうな赤の5000だったりしたのだけど。

        ◇

当時、いつもの池や釣具店に一緒に行ってつるんでいた友人が数人いた。その一人のK君は、いつでも僕と対照的な趣味をしていた。僕が5000Cと言えば彼は5500C、ダイワと言えばシマノ、ドリンカーと言えばブルドッグ(byオリムピック)。趣味は対照的だったけど、なぜか気は合って、僕は彼とのそんな毎日の会話が楽しみだった。

小学校を祖卒業する日が近づいて、僕らは年を越した。年末に、僕は彼と一つの約束をしていた。
「お年玉もらえる?」
「少ないけど、なんとか・・・」
「俺も。じゃあ二人してリール買おうぜ。そんで始業式の前日に釣りに行って、そこで見せ合おう」
「分かった、何を買うかはお互いに秘密な」
「俺すげえの買うよ。アレ。分かるだろ」
「俺だって。もう分かってるだろうけどアレだよアレ。買っちゃうよ」
「本当に買っちゃったらすごいよ、それ」

その時僕たちの間では、当時ABUのカタログから姿を消した2500Cと、ニューモデルの3500Cのどっちがいいかというくだらない話題が盛り上がっていた。その頃流行していたハンドメイド・ミノーやズイールのルアーの影響で、軽量なものを投げられるリールに関心が高まったのだ。

クラシカルな2500Cを推したのは権威と伝統に憧れるK君で、パーミングカップの3500Cを支持したのは新しもの好きな僕の方だった。

どちらも店頭価格が3万円台と、普段の僕たちには買えもしない値段だった。その頃の3万円は、今なら5万円以上の価値があっただろう。ダイワやシマノの中堅ラインは2万円弱で手に入った。ロッドやルアーも満足に持っていない僕たちは、年に一度のお年玉をリールだけで使い切ってしまうことにはかなりの勇気が必要だった。

でも、二人してリールを買おうと言った彼の目は真剣で、そして挑戦的だった。僕が使っていたのはダイワのミリオネアST-15で、彼はシマノのバンタム10SG。ともにエントリーモデルだった。性能的には何の問題もなかったけれど、マグサーボやアンバサダーを手に入れる友人が増え、どことなく肩身が狭い思いをしていたのは彼も同じだったのかもしれない。

彼が言い出した約束には、二人で成長しようという無言の意図が込められていた。僕は本当はMr.DONのロッドも欲しかったけれど、そんな彼の言葉に乗ることに決めた。竿は後回しだ。大人になるために、リールを手に入れよう。それはアンバサダー以外にはない。

        ◇

正月が来て、僕は予想とほぼ同額のお年玉を手に入れた。2万5000円。当時としては平均的な額だったと思う。これに小遣いの残りを加えて、3万円ちょっとが資金となった。子どもにしては高額な資金を一気に使ってしまうことに親は難色を示したが、拝み倒して僕は釣具店に出向いた。

新年セールもアンバサダーには関係なく、いつもの値段で売られていた。これは織り込み済み。憧れの5000Cは手持ちでは手が届かない値段だった。これも分かっている。僕はショーケースを真剣に見渡し、そして落胆した。欲しい3500Cは姿がなかった。

店主に聞くと、「ちょっと前に売れちゃったよ」ということだった。「代わりにこれはどうだい?」と倉庫から出してきてくれたのは、シルバーの2500C。よりによって、と僕は思った。あいつが2500Cを買うのは間違いない。僕に「3500Cなんてだせえよ。25Cの気品を知れ」なんて得々と喋ってたあいつのことだ。

でも、店主が手渡してくれた2500Cは、それはもう魅力的な代物だった。新品のABUなんてほとんど触ることも許されなかった僕にとって、精緻な刻印もずっしりと冷たいボディも、シルキーなギアの回転感も、何もかもが圧倒的な存在感だった。

憧れたアンバサダーが、今、僕の手の中にある。しかも、僕はそれを買える。これを自分のスーパーパルサーにつけて、流麗なキャストをしている自分を想像してしまった。身震いがした。

触って眺めるうち、彼の言葉が思い出される。「やっぱり伝統のフォルムだろ。シンプルでまさにアンバサダーって感じ。機構が古い?変える必要がないんだよ」。何かだんだんその気になってきた。仲がいい彼とお揃いなのも、悪くないかもしれない。僕が「これ下さい」と言ってしまったのは無理からぬことだった。

息を切らせて家に帰って、その晩は嬉しさで眠れなかった。何度もハンドルを回し、重さを確かめ、必要以上にオイルを注し、とっておきのストレーン10lbsを巻いた。小型とはいえ重厚な存在感が僕を魅了した。

        ◇

しかし彼との約束までにはまだ、日があった。僕は2500Cを傷一つない状態で彼に見せたくて、一度も外に出さず手の平の上でいじっていたけれど、日が経つにつれ、次第に小さな後悔が芽生え始めた。

3500Cが欲しい。

カタログを再読するにつけ、3500Cの独特でポップなデザインが以前以上に気になり始めた。当時から人とは違うものが欲しかった自分には2500Cはやっぱり古くさく見え、好きではなかった5500Cの縮小版のように写った。これは素晴らしいリールだけど、やはり僕が持つべきなのは3500Cではないのか。少しずつ2500Cを買った嬉しさが色あせていく。

それでも約束は約束だ。僕が2500Cを見せたら、彼はそれなりに驚くに違いない。その日、僕はスーパーパルサーに2500Cをセットしていつもの池に赴いた。

K君はすでにそこで待っていた。お互いにタックルを背中に隠して近づく。
「何買ったんだよ」
「アレに決まってんだろ。やっぱすげーぞ」
「俺はちょっと予想を裏切ったよ。見て驚くな」

同時に見せることになった。せーの、でタックルを前に出した僕たちは、お互いにあっと驚き、そして大声で笑い出した。

僕は2500C。そして彼は、3500Cを買っていた。

「2500Cと並べて見てたらさ、なんか3500Cもいいなって思って、つい。お前があんまりいいって言うから」と彼。買ったのは同じ釣具店だった。お前だったのか。おかげで僕は2500Cを買う羽目になったよ。

「そうだったの?あれで売り切れだったんだ」と彼は言って、小声で呟いた。「残念かもな。俺、お前とお揃いでもまあいいかと思ってたんだけど」

お互いにタックルを交換して触ってみる。やはり3500Cはポップでクールで、とにかく格好良かった。すると彼はこう言った。「3500Cはすごくいいけど、でも、やっぱり2500C買っておけば良かったかなあ・・・。こうやって触ってみるとさ、やっぱり2500Cの方が・・・」

僕たちは顔を見合わせて、また笑い出した。お互いの考えていることが手に取るように分かったからだ。日没まで釣りをして、魚は釣れなかったけれど、僕たちはそれぞれ、笑顔で家路についた。僕は3500Cを、そして彼は2500Cを持って。

        ◇

彼とは通う中学校が別になり、次第に疎遠となった。彼が県外に転校してしまったのを知ったのは共通の友人を介して、もう20年近く前で、それ以来彼とは会っていない。

それでも、僕はこの3500Cを使うたびに、彼のことを思い出す。あの池の風景や、同じルアーを使って飛ばしっこをやったこと、ザラスプークを投げたときの竿の弾力までが、20年以上経っても鮮明に思い出せる。そして、その記憶の中の彼はいつも、お互いのリールを見て吹き出した時の、あの笑顔だ。  


Posted by ポンプ小屋マスター at 23:59Comments(3)