暗闇の中での釣りは、かえって集中力が増す。明るいときは視覚的な情報に遮られて気付かなかった僅かなラインの振動や、遠くで魚が跳ねる水音も敏感に感じ取れる。流水の中でルアーが姿勢を変えたことが伝わる。バイトに備え、全身が感覚器のように鋭敏さを増す。
とか言っちゃって数分後には竿を持ったまま睡魔に襲われて、はっと気付けばルアーが根掛かりしちゃってるんだからどうにもならん。一人で夜釣りは色々と弊害があるけれど、釣り場で寝るのだけは余りにも阿呆らしいので避けねばと思うのである。
シーバスを狙って漁港の外れに来ている。少し湾の中に入った、小さな川の河口付近。端的に言えば、夏に
チヌを狙っていた場所だ。船溜まりの堤防に沿って流れる川が海に突き当たり、海側は干潮時には数十cmほどの浅さになる干潟。かなり早い潮の流れが起こる。
河口、マンメイド(堤防)、カレント、シャロー、干潟、そして合流部。シーバスのポイントと言われる要素がいくつも複合している。河口の幅は30mぐらいの小場所だけど、ボラやメッキの姿も多く、海側にはイワシの群れも回ってくる。
どう考えてもここにシーバスがいないはずがない。そう思って以前から時々、通っている。問題は満潮時の最深部で5m足らずしかない水深のバリエーションのなさだけど、例えば川なら1m未満のシャローでも集まるところにはシーバスが群れるのだから、タイミングさえ合えば間違いない。そう思って今日もシーズンの本格開始を前に調査にやってきた。
夜の満潮時からロッドを振る。何しろいろんな要素が複合しているので、攻め手には事欠かない。まず対岸にある堤防の際と、常夜灯による明暗を狙ってメガバス/POP-Xを皮切りにトップから探る。潮止まりで、メッキからの反応もない。海面は静かだ。
次第にレンジを下げ、同/X-92SWエドニスを経由してラッキークラフト/ビーフリーズ65Sに替えるとカウントダウン6つで水底に着いた。やっぱり浅い。この分では居付きなんていないと思うので、やっぱり広範囲に探るべきだとウォーターランド/スピンソニックをあちこち投げていたら、急にラインがやたらとふけ始めた。
それとほぼ同時に、あちこちでばっちゃーんぼっちゃーんと大小の水音が響きだした。どこにそんなにいたのか、ボラの大群である。潮が動き始めた。10分後には、海側が音を立てて流れる急流に変わった。
こうなれば逆に釣りやすい。下げはじめのチャンスを逃さぬよう、僕は信頼のマリア/ブルースコードC90をチョイスし海側の流れに乗せていく。海側には照明が一切なく、水ヨレのありかさえ見つけるのが難しい。どこに流せば効果的なのか、いろいろとコースを変えて探る。
数投目、少しラインテンションを緩めて流していたら、むぐっと重くなった。超高速でスラックを巻き取り、スイープにフックセット。ずんと重くなるが、特に抵抗は見せない。嫌な予感がする。近くまで来ると、どうも石のようだ。
この周辺にはカキ殻や海藻が生えた石があちこちにあって、よく引っかかるのだ。頭に来つつ、よいしょっとリフトし、岸に上げると、石が落ちた瞬間どむんという弾力を感じた。思わずうわっと声を上げてしまう。柔らかいぞこれ。暗くてよく見えないけど何だろう。
恐る恐るライトを当てると、石だとばかり思っていたものの表面がもぞもぞっと動いている。その様を至近距離で見てしまい、ひいいいぃぃぃと声にならない悲鳴を上げて飛び下がる。直径20cm足らず、円筒形または円錐形の、どうやらナマコである。単刀直入に申し上げて恐ろしくキモイ。あってはならない生物である。写真はクリックで大きくなります※グロ注意
海藻のような物が生え、一見は石のようだが、その表面が蠕動運動をぬめぬめごもりと繰り返している。間違いなく生物だ。ほら。その証拠に、フックが刺さった場所から紫色の汁が出てきた。うきええぇぇぇぇとまた喉の奥から悲鳴が溢れる。完全にホラー物体である。
僕は気を失いそうになりつつフックをやっと外し、海に蹴りこむようにリリースした。まだ総毛立っておる。僕は別に軟体動物が嫌いではないけど、これはなぜか生理的に嫌悪感がものすごかった。どうも形状がダメみたい。そんで、なんでそんなものをピンポイントでフックセットしちゃうのかって話である。
僕はやっと落ち着きを取り戻してキャスト再開。すると、ブルースコードでも底を擦り始めた。下げの速度は予想以上に速い。ほとんど潜らないタックルハウス/TKLM90に替え、根掛かりを回避しつつ流す。
それにしても海側の状況が暗くて見えない。だからあんなの引っ掛けちゃうんだ。とか八つ当たりしつつ、背後にある、船溜まりの常夜灯のわずかな灯りを頼りにキャストを繰り返していると、突然辺りが真っ暗になった。思わず振り返ると、常夜灯が消えていた。
どうやらここの常夜灯は午後10時ごろに営業を停止するらしい。こうなるともう、完全に漆黒の闇である。足下さえ覚束ない。ルアーがどの辺に着水したのかもわからない。ただごうごうと流れる水音と、ボラのジャンプ音が聞こえるだけだ。
そして冒頭に帰り、つまり僕は余りにも暗くてアタリもないので寝てしまったのであって、こりゃダメだ。と早々に竿を納めた。シーバスの気配は最後までなかった。と言っても2時間程度だから、本当のところは分からない。場所はいいとしか思えないので、また来てみよう。
それにしてもあのナマコはキモかったなあ。もう見たくないなあ。とか思いつつクルマのトランクにタックルを押し込み、ルアーボックスを整理していると、先ほど使ったブルースコードのフックに何か布のような破片が刺さっている。その破片は紫色に染まっておる。
うひいいぃぃぃ。この場所、相性悪いかもしれない。
Tackle Data:
ダイコー/プレミアPMRS-82L+ダイワ/カルディアKIX2506+バークレイ/ファイヤーライン16lbs+ナイロン5号