朝練【釣行記】
また朝練。明け方はすっかり寒くなった。Tシャツにジャケットを羽織っても澄み渡る風が首の辺りに遠慮なく吹き込み、思わず身をすくめる。これ10月とか11月になったらどうなるんだろ。と毎年思う。その頃には寒いのに慣れるということは毎年忘れている。
と言うわけで遠慮なしの向かい風に身をすくめながら。向かい風?ダメじゃんそれ。エギングにとっては横風の次につらい状況だ。そのせいか、それとも張り切って夜明け前に来てしまったせいか、さっきから何のアタリもない。
まだマズメ時で辺りは暗い。こういう時のノーバイトかつ風って気が滅入る。自分は何をやっているのだろうかと思う。憂き世のはかなさを恨み始める。でも一匹釣れたらあっという間に陰鬱な気分は消し飛んでハイになるのだから、釣りとは麻薬だと思う。
本格的に世の無常を呪い始めた頃、50m近く沖でぱしゃぱしゃっとしょぼいナブラが立った。よくあることで、たぶんメッキだろう、まだそんなに大きくなってないよなと思っていたらいつものナブラより長く続く。規模も大きい。幅20mぐらいにわたってごぼばしゃと盛んにやっておる。
これはメッキではない。メッキなら数匹単位でパーティーを組み、一撃必殺という感じで小魚を海面に追い詰め、小さいながらも派手に水飛沫を上げるはずだ。これはもっとしょばしょばと、例えばオキアミの撒き餌を海面に投入するときのような控えめな音と飛沫である。
じゃあアレだ。小サバかカマスだ。どっちもいいなーうまいし釣りたいなー、よし釣ろう。こんなシャクリの練習ばっかりしてても手首が痛くなるばかりだ。と小さなジグを用意し、すかさずナブラ目がけて投げる。あっさり一投目でぴろりろりりと魚信があって、カマスが釣れた。
しかし20cmない。小さいと思ってはいたが、これでは丸のまま塩焼きにするか、猫の餌にするしかない。それにおかずにするとしたら4,5匹はいないとお腹の足しにならない。カマスはこれで結構、針掛かりしにくく、バレやすいジグで釣るのは難しいのだ。
頑張って釣ろうとジグを投げようとしたら、そのナブラの辺りで突然、ごぼんばしゃどぶんと重低音を含んだ大きな音と共に海面が割れた。すわ。そんな現代語ないけどすわ。これはアレだ、巨大ボラのジャンプ。じゃなーい。明らかにカマスを狙った大きな魚が補食を始めているのである。
青物かシーバスか。とりあえずこんな小さなジグ投げてる場合じゃない。僕は大急ぎでラッキークラフト/ワンダー80を取り出し、その辺りにフルキャスト。高速リトリーブで探る。食ってこい食ってこい。もうカマスなんかいらない。
ところがさっきの一発でカマスの群れは大きく散っていた。30m四方に散らばったその群れのあちこちで、シーバスだかなんだかが捕食を繰り返す。あちらと思えばまたあちら。次はどこで水面が炸裂するか分かったものじゃない。
一つだけ確実なことがあって、それは僕がルアーを投げた場所では間違いなく何も起こらない。必ずあさっての方向でごぼがばじゃばんとやっている。これは今日に始まったことではないが、自分の勝負運の悪さを嘆くにも飽きた。
こういうときは、キャストせずに待つに限る。そして水面が割れた途端、その場所へ目にも止まらぬ早業で投げる手裏剣ストライク。僕はござるござると呟きつつベイルを起こして指に糸を掛けたままの姿勢で、いつでも投げられる体勢で、じっと待つ。次に捕食したときが貴様の最後だぜ。
一流スナイパーの気分で集中力を張りつめつつ待つ。痺れを切らして投げてしまったら僕の負けだ。きっと、またあさっての方角で捕食が起こる。先に動いた方の負けである。剣豪同士の真剣勝負にも似た緊張感を勝手に楽しむ。
気付けば10分余。海面はいつの間にか静かになっていた。先ほどの狂騒と喧噪が嘘のように、音も動きもなくした世界であった。太陽はいつの間にか高く昇り、仕事の始まる時間が近いことを告げていた。
あれ?し、勝負は?そんなもんは魚には関係ないのだった。腹が一杯になって餌がいなくなったからどこかに行ったに決まってる。僕はいつもこうだ。魚に遊ばれてばかりだ。とても空しい気分で大きく溜息をつきながら、せっかくキャスト1秒前態勢だったのでそのまま、大きくキャストした。
その途端、足下でがぼごぼばしゃああんと捕食したので腰を抜かすほど驚いた。完璧に騙された。やはり先に動いた方が負けなのだよ、とがっくり膝をつき勝負の非情さを身に刻み込む。しかし次は見ておれ。この教訓を胸に、その素首今度こそ叩き斬ってくれよう。剣の道は厳しいのだ。
はて。今日は何の朝練だったんだっけ。
Tackle Data:
メガバス/XOR海煙C-83MH+シマノ/バイオマスターMg2500HGS+デュエル/エックスドライブ0.8号+同/フューズフロロ10lbs
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